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2009年8月 4日

ダイアナとチャールズとの出会い

スイスから帰国したダイアナは社交界にデビューし、1978年11月にバッキンガム宮殿で開かれたチャールズ王太子の誕生日パーティーで初めて将来の夫と対面する。ダイアナがこのパーティーに招待されたのは長姉のセーラが1977年から1978年にかけてチャールズ王太子と交際していたからである。この交際はうまくいかなかったが、チャールズはスペンサー家のことはよく知っていたのである。

やがてダイアナはロンドンのアパートで住むことを許され、保育士として働きはじめた。1980年7月ダイアナは再びチャールズと出会い、交際を深めていった。だが、チャールズには既に恋人のカミラ・パーカー・ボウルズがおり、カミラがチャールズにダイアナとの結婚を薦めたと言われる。
その後も王太子妃としてチャールズとともに様々な王室の行事に出席するほか、日本やアメリカなど世界各国を訪れ、各地で「ダイアナ・フィーバー」と呼ばれるような熱狂的な歓迎を受けることとなった。併せて世界各国のマスコミに常に追いかけられる立場となり「理想のカップル」的な扱いを受けた。

だが、将来イギリスの国王となることを念頭に、伝統に基づいたつつましやかな生活と公式行事への参加を常に優先するよう教育され、自らもそれを実践していたチャールズと、まだ20代前半で、公的な生活よりも自由奔放に芸能人などのセレブリティーとの派手な付き合いを行うことを好んだダイアナとは、その生活様式や趣味、嗜好が合わず、次第に2人の間には深い溝ができていくこととなった。

しかも結婚後もチャールズはカミラとの交際をやめず、この秘密の交際にダイアナは早くから気付いていた。このため、彼女は過食症による摂食障害を起こすようになった。当時「私は二人分の食事をとっているかもしれないわ」という言葉が、「三人目懐妊か」と世界中の新聞に掲載されたが、これは実際は妊娠ではなく過食症の状況を暗示していた。

チャールズとカミラの交際は世間に知れ渡り、これを機にダイアナも王室職員や大富豪のドディ・アルファイドなど、複数のさまざまな男性と大っぴらに付き合うようになった上に、マスコミにチャールズとの不仲について自らリークを行っていたとも伝えられた。夫婦は1992年12月9日に別居し、1996年8月28日に正式離婚した。

ダイアナは「プリンセス・オヴ・ウェールズ(ウェールズ大公妃)」を引き続き名乗ることと、ケンジントン宮殿の居住を認められ、その後は自由奔放に様々な男性との交際を行ったほか、対人地雷廃止運動やエイズ啓発活動などに関っていた。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

王室に入ることって本当に大変そうですね。

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